POR LA CHOCOLATE ★ストーリー

陽気なラテンのリズム。

アメリカに盾をつき、経済封鎖をされながら貧しくも逞しい革命の国。

革命の歴史と音楽、その両方が私にとってのキューバの魅力でした。


2014年。私は導かれるように、流されるように初めてキューバを訪ねました。キューバに到着した翌日、ハバナ旧市街のオビスポ通りを歩いていた時、とても元気な音が聞こえていた一軒のお店の前で立ち止まりました。


店の外で踊り出した私にミュージシャンたちが「こっちにおいで」と手招きをし、私はバンド側の椅子に座らされました。

少し英語が話せるベーシストのオレステスがスペイン語が全く話せない私に話しかけてきました。

「君もミュージシャンかい?」

「今は殆ど歌う事は無いけど、以前、ニューヨークに住んでて歌を歌っていたの」

彼らは「ミュージシャン」として「友達」として私を受け入れてくれたようでした。

「私はショーコよ」

「CHOCOLATEだね!」

その日から彼らは私を「CHOCO(CHOCOLATE)」と呼びました。

スペイン語は全く話せませんでしたが彼らをきっかけにオビスポ通り界隈のミュージシャン達の友達がどんどん増えて行きました。

私はその前年、とても悲しい事があり、キューバに居ても時々泣いていました。突然涙が出てくるのです。彼らは私が悲しい顔をしていたら強制的に笑わせるような人達でした。そのうち私はたくさん笑うようになりました。

一人旅の3週間。
彼らは「ショーコ!!!!」「ショーコ!!!」と歌の中で私の名前を呼びました。
彼らの私の名前を呼ぶ声はその瞬間、消えてしまいそうな私に「私という物体」が存在している事をくっきりさせてくれました。

 

 



3週間の滞在が終わる前日、オレステスは
「ショーコ、僕たちはいつもここにいるから。いつでも帰っておいで。ここで待っているよ」と言いました。

貧しい社会主義国で暮らす彼らは自由に海外旅行が出来る訳でもなく、また外国に行く経済力を持つ事はとても難しい事でした。

オレステス

オレステス



私は泣きました。
悲しいから泣いてるんじゃなくて、嬉しいから。
みんなが優しいから、涙が流れました。

でも、彼らは私が嬉しくて泣いているとは理解せず「何で泣いているんだ?」と不思議な顔をして聞いてきます。
私が泣いていると、彼らはなんとか私を笑顔にしようとしました。


翌年の2015年。
2か月の滞在予定で再びキューバを訪ねました。彼らはそこに居ました。

一人で2か月の滞在。
彼らは私の顔を見るたびに、「大丈夫か?」「問題ないか」と聞いてくれました。
時々喧嘩もしました。

 

 


  

 



2016年、私は再びキューバに向かいました。
今度は学生ビザを取得しての滞在でした。
 

 



その年、私はキューバでトラブルに巻き込まれました。ある日本人とキューバ人に騙され脅されていました。スペイン語があまり出来ない中でキューバで暮らす事の難しさと厳しさ。言葉も習慣も違う国で私は、精神的にまいり、脅されていた事もあり夏休みには南米パラグアイに逃げました。

翌年は暫くパラグアイに住むことを決め、パラグアイからキューバに戻ってくる時にはパラグアイ行きのチケットを買っていました。

「もう、キューバとはおさらば。こんな国からは撤退よ!」

そう決めた私。でも、もう彼らに会えなくなる。

いつも私を笑顔にしようとしてくれたミュージシャン達。
彼らのお陰で、異国の地で強い孤独感に見舞われることは無かったの。

私は、親しかったミュージシャン達が演奏するお店に出かけて行き、泣きながら片言のスペイン語で伝えました。

「もう本当にこの国で疲れたの。キューバを去るわ。
いつまたキューバに来るか解らない

出会ってから3年近い私たちの思い出を作りたいの。
ギャラは払えないけど レコーディングに関わる費用と交通費は私が払うわ。
あなた達とレコーディングがしたいの」

「ショーコは友達だ。ショーコがやりたがってる。僕たちの思い出を作ろう。ショーコの為に」



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電話での会話が上手くできない私は、その日から殆ど毎日のように旧市街のオビスポ通りに通い、ミュージシャン達と過ごしました。

 

 



 

 



17人のキューバ人ミュージシャン(+スペイン人 1人)が3つのグループに分かれ、違う3か所のスタジオで録音する事になりました。

ギャラ無しのレコーディングにも拘らず、彼らが「ショーコの為に」と一生懸命動いている姿を見て、彼らに大切な友達として受け入れられていた事にやっと気づきました。

レコーディングが始まり、私はキューバに戻る事を決めました。

音が出来ていくに従い、今回の音は今まで私が行ってきたアメリカでのジャズのプロジェクトAngels Swingではないと感じ、2014年から温めてきた名前【JAPONÉSON(ハポネソン)】にする事に決めました。

嫌な事がいっぱいあった、いい事ばかりじゃなかったキューバ。
追い詰められた中、不機嫌な態度を取ったり、泣いたり、そんな私を気遣ってくれたミュージシャン達。
そんな中から生まれた音楽が「POR LA CHOCOLATE」です。

キューバのミュージシャン達の優しさと陽気さが感じられるアルバムになる予定です。

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